11月12 日 句会報告 

2023年11月12日 樸句会報 【第134号】

 記録的な猛暑だった今年、借り地の菜園は夏野菜のみならず冬野菜の生育もさっぱりです。視線を落とせばノジスミレやホトケノザの返り花。つくづく季節をつかみにくくなったと感じます。
 しょんぼり日々を送るなか、樸zoom句会が開催されました。やれ嬉しやとパソコンの画面の中へ飛び込みたいような気持ちで参加しました。
 兼題は「ばつた」「障子洗ふ」「柚子」。
 特選2句、入選2句、△4句、レ11句、・11句。恩田先生が「切れの余白がゆたかで、調べもよく、多様で面白い俳句がそろった」と評した豊作の会となりました。

  
 

冬木のみ触れて一日のたなごころ

冬木のみ触れて一日のたなごころ  恩田侑布子(写俳)


 
 

◎ 特選
 形見分くすつからかんの菊日和
           見原万智子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「菊日和」をご覧ください。
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◎ 特選
 切り貼りは手鞠のかたち障子貼る
           都築しづ子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「障子貼る」をご覧ください。
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○入選
 疵あまた無骨な柚子よ宛名書く
               佐藤錦子

【恩田侑布子評】

 健康な生活実感があふれる俳句だ。庭の柚子はたくさんなるが店頭に並ぶピカピカの別嬪さんではない。疵やシミや凹みがあちこちにある。でもいいじゃん。早速あの人に送ろう!茎を切っただけで芳しく匂う。料理にかければ魔法の調味料、一瞬で高級になる。お風呂にもプカプカ浮かべてもらおう。なんともいい香り。「無骨な柚子」に新しみがあり、「宛名書く」の動詞にも勢いがある。
 
  
  
○入選
 柚子青し手帳今日より新しく
               成松聡美

【恩田侑布子評】

 気がつくと庭の柚子が葉影に大きく実っている。まだ青々として、もぐには早いが、黄色いひかりの珠になって、清らかな香りが初卓や湯殿にあふれる日は近い。そうだ、新しい手帳を下ろそう。そう思わせるときめきは、軽快な調べを奏でる定型感覚のよろしさと、上五のキッパリした切れから来ている。

 
     
【後記】
 季節以外にも実感をつかみにくくなったものがあります。いくつかの動作です。
ちなみに今回の季語「障子洗ふ」のかんれん季語「障子貼る」とほぼ同じ「障子を貼る」が、『絶滅危惧動作図鑑』(祥伝社、藪本晶子)という本に収められています。「障子を貼る」は絶滅危惧レベル全5段階のうちレベル4「ちいさい頃に何度かやったことがある動作」。今ではあまり見かけないということでしょう。
 かく言う私も、破れないグラスファイバー入り障子紙なるものを購入してから、洗うどころか張り替えすらやっていません。
 しかしひとたび季語として作句を試みれば、障子紙を寸法に合わせて切る者、刷毛で桟に糊を塗る者、自分が開けてしまった穴を切り貼りする子ども、夕暮れが迫り七輪で魚を焼く祖母、薪で風呂を沸かす祖父など、懐かしい光景が立ちどころに蘇ります。俳句には絶滅の危機に瀕したことばの保護という側面があるような気がします。
 単に動作のさまを伝えるだけではないでしょう。
 たとえば今回の特選句「切り貼りは手鞠のかたち障子貼る」から連想されるのは、まず、丸く切って手毬に見立てた千代紙。次に、暮らしを機能一辺倒に終わらせない作者の美意識やお人柄です。創意工夫を凝らした衣食住のあれこれが次々と目に浮かび、しみじみと、私もこの人のように生きてみたいという思いに駆られます。俳句には作者の心の持ちようを共同体に伝播させ継承させ得るはたらきがあると感じました。
 これは恩田先生の超人的なご鑑賞をお聞きし、連衆の忖度のない議論に参加して初めて湧いてきた思いであり、数年前にひとりで何となく十七音を並べていた頃には想像もつかなかった気づきです。俳句は句座を囲む文芸、囲むことで完結する文芸であると改めて感じた句会でした。
 この日を境に、季節は駆け足で冬へと向かっていきました。

(見原万智子)

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

冬天に孕んで紅し女郎蜘蛛

冬天に孕んで紅し女郎蜘蛛  恩田侑布子(写俳)

  

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11月23日 樸俳句会
兼題は「七五三」「木の葉髪」「柊の花」です。
入選1句、原石賞4句を紹介します。
 
 
   
○入選
 乾杯の音頭決まりて木の葉髪
               岸裕之

【恩田侑布子評】

 大勢の集まりでは、まず司会者から指名を受けた人が乾杯の音頭を取ります。 挨拶、自己紹介、会の趣旨を手短かに話し、「乾杯!」の斉唱でグラスを合わす瞬間です。若い頃は音頭をとる人のテキパキと堂に行った采配に憧れたものですが、いざやらされる年代になってみると、なにげない手櫛にもはらりと髪が纏いつきます。会場の華やかな席に明るい声が響くだけに、昔日の若さを失った実感が迫ります。ペーソスある俳句です。
 
 

     
【原石賞】柊の花の家遠し跨線橋
              見原万智子
 
【恩田侑布子評・添削】

 いま歩いている「跨線橋」から、かつての家、それも柊の花の記憶を蘇らせた感性が素晴らしいです。ただ「ハナノイエトオシ」という中七字余りはいただけません。もたつきます。素直な定型に調べるだけで、ぐっと格調の高い句になります。

【添削例】柊の咲く家遠し跨線橋

   
【原石賞】吾娘もまた母の顔せり七五三
              小松浩
 
【恩田侑布子評・添削】

 孫の七五三でようやく我が娘が、一人前の母親らしい顔つきになったことに気づいた作者です。自身にも、祖父になった実感が迫ります。ただ、「もまた」の説明臭を刈り込みたいです。世代交代のめでたさと、着実な継承を印象付けるため、省略を効かせ、かつての娘の七五三もダブルイメージさせましょう。

【添削例】母の顔になりし娘や七五三

    
【原石賞】旅の荷は下着二枚や小春富士
              古田秀
 
【恩田侑布子評・添削】

 旅荷が「下着」だけというのはさっぱりと気持ちがいいです。このままでもなかなかの句ですが、さらに水準を高めるならば、「二枚」と「小春」の甘さを消して「一組」「冬の富士」にすれば気持ちも調子も引き緊ります。

【添削例】旅の荷は下着一組冬の富士

   
【原石賞】すきま風指輪リングを見遣る銀婚日
              林彰
 
【恩田侑布子評・添削】

 戸障子を吹き込む冬の季語の「隙間風」を心象に転じた着眼が面白いです。「指輪」にリングのルビを振ったことで、エンゲージリングとわかり、結婚式から二十五年経って、ぷっくりしていた指がやつれたことまで想像させます。ただ、銀婚式の日を縮めて「銀婚日」というのはやや無理がありましょう。

【添削例】銀婚の指輪リングを見遣るすきま風

 
   

ころあひの羊水はじけ抱く湯婆

ころあひの羊水はじけ抱く湯婆  恩田侑布子(写俳)

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