2023年4月2日 樸句会特選句
在の春啜る十割蕎麦固め
海野二美
奥しずと呼ばれる藁科川上流の山間地「坂ノ上」に、蕎麦の手打ちを生き甲斐とするがんこ親父がいる。種蒔きから収穫、蕎麦の実の天日干しまで、万事一人で完遂する。店は完全予約制。築百二十年の真っ黒な梁の下に、塩を振るだけで美味しい野趣溢れる蕎麦が供される。黒々とした香り高い十割蕎麦である。句頭の「在の春」が川上の小さな村を端的に想像させ、句末の「蕎麦固め」と響き合う。稲作の出来ぬ谷間に生きてきた人々の無骨さ実直さが、「十割蕎麦」の噛みごたえに思えてくる。行きて帰る心の味はいの上五がなんとも健やか。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
4月2日の吟行で二美さんは、2句特選に選ばれました。この句は、とてもわかり易く、十割蕎麦の歯応えの良い美味しさが伝わってきます。恩田先生の鑑賞には、蕎麦屋の主人の一本筋の通った生き方が清々しく描かれています。吟行で交わされた師弟の情愛の深さも感じました。