句会報告 7月16日

2023年7月16日 樸句会報 【第130号】

 連日のように熱中症警戒アラートが発表され、以前の7月の風景を忘れそうな日々が続いています。季語は、季節の変化を繊細に捉えて長い期間をかけて生み出されてきたのだと聞きますが、最近の気候変動によって今後も変化していくのでしょうか。そんな目で俳人の句を鑑賞するのも面白そうです。
 今回の兼題は「涼し」「日傘」「ビール」、入選2句、原石賞2句を紹介します。
 
 
 

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みんみんの止み際男佳かりけり 俳句 photo by 侑布子


 
 
 
○入選
 指ながき男の選ぶ日傘かな
               小松浩

【恩田侑布子評】

 先頃まで日傘は女性のものだった。紫外線の害がいわれ、猛暑日が増えた現在では、若い層を中心に男性でも日傘を差して歩く人が珍しくない。作者はまだ、やや抵抗のある世代らしい。店頭のメンズ日傘のコーナーにさっきから男性がいる。見るともなく見ていると、ほっそりと長い指が選びあぐねている。力仕事や農作業などとは、一度たりとも縁がなさそう。選んだ日傘もユニセックスの軽さ。現代の都会生活の一コマをさらりと描いて涼味がある。
 
 
 
○入選
 父母の馴れ初め聞きし缶ビール
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

 「父母の馴れ初め」に「缶ビール」が効いている。お見合いなどのかしこまった席ではなく、日常の場でひょんなことから出会ったという縁の不思議さ。プルトップ缶を両親と自分の三人で次々開ける軽快な響きと泡のさざめきは、仲の良い両親から生まれ育った満足感を存分に伝える。父と母の若かりし日へ楽しい想像が広がる句。
 
 
 
【原石賞】蝙蝠にベクトルの始点は何処?
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

 「ベクトルの始点は何処」が出色。確かに蝙蝠はどこから来たのか、そして、どこへ向かうのか、永遠の謎のよう。ただし、原句の「?」は、読み下した時のリズムの悪さを補うためのものに思える。調べの不安定さを解消するには、順序をひっくり返し、下五に五音の季語を据えるとよい。
 
【添削例】ベクトルの始点はいづこ蚊食鳥
 
 
 
【原石賞】日傘して区割の墓苑の果てもなし
              天野智美

【恩田侑布子評・添削】

 大都会の郊外に広がる広大な霊園だろう。住宅の何丁目何番地ではないが、墓地の住所もブロック割りされ、さらに縦横に伸びる通路には符牒が振ってある。のっぺりとした平面に茫漠と広がる墓石の群が見えてくる。まず、中七の字余りを解消し、次に、炎天を墓参に訪れて途方に暮れる思いと、うろうろと墓苑をさまよう姿の小ささを座五の「白日傘」に象徴させたい。
 
【添削例】果てもなき区割の墓苑白日傘
 
   
【後記】
 今回は、樸俳句会にとって3ヶ月に一度の対面の句会でした。前後左右から声が飛び交い、心なしか会話も弾み、以前に行われていた対面句会の楽しさが蘇ってきました。
 一方で、樸のZoom句会は10ヶ月目に入りました。静岡県外や海外に居る仲間が増え、これまで以上に多様な句に触れる楽しさを感じています。同じ兼題からこんなに自由な発想ができるのかと驚いたり、知らない言葉を目にして日本語の豊かさに触れたり…。まだまだ自分の感じている世界は小さいなぁと、反省することしきりです。
 これからも多くの方に御参加いただき、樸俳句会の裾野を広くして豊かな句の世界に触れていくことと、たまにリアルにお会いして親交を深めていけることを楽しみにしています。

(活洲みな子)

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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ニの腕のたぽんたつぽんラムネ来る 俳句 photo by 侑布子

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7月2日 樸俳句会
兼題は「夏至」「登山」「凌霄の花」です。
入選3句、原石賞1句を紹介します。
 
 
 
○入選
 門柱と凌霄残る駐車場
               天野智美

【恩田侑布子評】

 「門柱と凌霄」だけが「残る駐車場」で、「だけが」が省かれている。すでに既存の家屋は解体され、更地になって駐車場として利用されている。しかし、まだ門柱だけは残り、凌霄花が取りついている。家族が住んでいたのか、旅館もしくは店があったのか、往時の夏と同じように咲き誇っているのである。真夏の凄まじさが感じられる。
 
 
 
○入選
 緑蔭にボタンダウンは小紋柄
               益田隆久

【恩田侑布子評】

 おしゃれな作者は他人の服装にも敏感。江戸小紋のような和風の繊細な木綿柄を、アイビールックのボタンダウンに仕立てた気の利いた和洋折衷の夏シャツで、緑陰におやっと目を止める涼しさ。軽快な小品である。
 
 
 
○入選
   禊祭
 夏至の朝綱ゆったりと夫婦岩
               上村正明

【恩田侑布子評】

 伊勢の二見浦まで出かけて、暁闇から禊祭を修された作者。実地の海風に身をまかせたがゆえに「綱ゆったりと」の措辞が自然に口をついて出た。男岩と女岩は、猿田彦大神を祀る興玉大神おきたまのおおかみを拝する鳥居でもあり、日の出の遥拝所でもある。綱が海面上に弧を描いて、その果てから夏の朝日が登ってくる。太陽を崇拝し、根の国に憧れた古代人と、時を超えて一体化した夏至の朝ならではの満足感。品格ある吟行句。
 
 
 
【原石賞】浜通り蜥蜴の色に時止まり
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

 前書きがないと、福島県の海岸地域である「浜通り」を連想する。作者は、小泉八雲が避暑地とした焼津の浜通りが「蜥蜴の色」という。ならば、全国の読者に誤解を与えないために「焼津」の前書きが必要になる。さらに地元の人が、毎年滞在してくれた八雲を偲んで「八雲通り」とも呼んでいるなら、その別称の方がより陰影があって面白い。句末は連用形で流してはもったいない。碧い時を止めよう。
 
【添削例】
   焼津
八雲通り蜥蜴の色に時止まる

 
 
 

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熊蟬の腹の中なる虚空かな 俳句 photo by 侑布子

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