「何んの色」から五句

20200422 詞花集上

photo by 侑布子  

  

  むき向きに三千世界柳の芽    恩田侑布子
 
  毛氈の緋の底無しやひゝなの夜
 
  何んの色ならん春愁うらがへす
 
  星霜のしじなるしだれざくらかな
 
  汽水湖や尻から春の風抜けて

 
 
 恩田侑布子詞花集 「何んの色」
『俳句界』2020年4月号掲載の恩田侑布子特別作品21句から、連衆の高点句とその選評です。
 

 むき向きに三千世界柳の芽

  • 芽吹くときだけあちこちを向く柳の新芽。その先々に三千世界が広がっているという発想に惹かれました。芽のひとつひとつから三千世界に繋がる糸が垂れ下がり風に揺られているのを想像すると、柳の持つ幽玄さの理由を垣間見る気がします。成長すると柳の葉は「一世界」を向いていくように思います。無垢な姿のときにだけ見える景色への羨望のようにも感じました。

    (山田とも恵)

  • それぞれにそれぞれの命。柳に芽吹いた無数の命。それぞれがそれぞれの生き様をさらしていく。

    (萩倉誠)

 
 
 
 毛氈の緋の底無しやひ ゝなの夜

  • 緋色が闇に閃いている。生命力に溢れ、魔除けとして使われる色。実は底知れぬ暗さをも孕んでいるのだと、この句に知らされました。そんな時空を超えた世界、濃密な「ひゝなの夜」へと、ひとり迷い込んだ心地に。

    (田村千春)

  • 人形とはどこか暗さを秘めているもの。雛もまたそうだ。毛氈の緋色はその底に黒を秘めている。その色を「底無し」と表現する作者の感性に共鳴する。「ひゝなの夜」が一層この句に深さを与えている。

    (村松なつを)

  • 「底無し」という把握が恐ろしくも惹かれるところです。子の健やかな成長を祈る雛人形は、形代として災厄を引き受ける役目もあるのでしょう。「底無し」の緋毛氈に沈んでいくような夜の感覚が鋭く、採らせていただきました。

    (古田秀)

 

20200422 詞花集中

photo by 侑布子  

  

 何んの色ならん春愁うらがへす

  • 齢重ねても答えられない複雑な問い。表現力の問題だけではない。

    (安国楠也)

  • 「歓楽極まりて哀情多し」華やかに心浮き立つ春、ふと悲しみに襲われる時その哀愁の裏にある色は?心象風景を色彩感覚になぞらえる美に酔う。

    (金森三夢)

  • この句を読むまで無感情に仕事をこなしていたのに、「うらがへす」まで読んだら、地平線から水平線まで、私の世界はすっかり物憂いヴェールで覆われてしまいました。一つひとつの感情に、まずはどっぷり浸からなくては、と思いました。

    (見原万智子)

  • 春はすべてが眩しいけれど、愁いの影も落ちている。涙のフェイスペイントを施したピエロの笑顔にも似て。纏いつく生地の、本当の色を見極めたい。「うらがへす」という鮮やかな表現により、少女のような思いが伝わってきます。

    (田村千春)

 

 星霜のしじなるしだれざくらかな

  • 「星霜」という言葉によって、単なる桜の美しさだけでなく、作者を含むこの木を見てきた人たちの(そして桜の木が見おろしてきたであろう)長い年月の様々な思いや苦難まで想像させ読み手を共振させる一句。S音の繰り返しが密やかな息遣いまで感じさせる。

    (天野智美)

  • しだれ桜には星霜(歳月・光陰)がひそかに充ちているという句意です。この句を読んでしだれ桜の見え方が一変しました。「ものを見る」というのはこういうことなのですね。口ずさんでみると、サ行音の連なりが実に心地よく響きます。

    (山本正幸)

 
 
 汽水湖や尻から春の風抜けて

  • 春の浜名湖

    (林彰)

  • 浜名湖でしょうか。上五で広々した湖が浮かび、中七で作者のお尻にクローズアップして、その後また春の風が湖に広がっていきます。作者は湖に正対して、心がのびやかになる句です。

    (芹沢雄太郎)

 

20200422 詞花集下

photo by 侑布子  

  
 

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